アンチの罪深さは、ファンが与えてくれる好意を疑ったり勘ぐったりさせてしまうところにある

創作活動

同人活動を含め、すべての創作活動につきまとう嫌な存在というのが、アンチ荒らしと呼ばれる存在だ。
かくいう私も、別名義で同人活動をしている内に、よくわからないアカウントに粘着され続けている。

アンチや荒らしの指摘は、往々にして「難癖」「批判できるなら何でもいいんでしょ」と言いたくなるようなモノが多い。
認知の歪みや、妬み嫉みの類い、認知的不協和、偏った見方などを伴っていることが多いので、基本的に気にしないほうがよい。

私の場合もそもそも、負け惜しみなどではなく、

荒らし「(キャラ名)の愛情が一方通行。こんなの(カップリング名)じゃない」
私(一人称視点で書いているから片方しか見えなくて当たり前だし、そもそもそのキャラが『誰かが不幸になってしまうなら、自分一人だけが消えたほうがいい』みたいな価値観持ってるの明言されてるじゃん。見てないの?)

とか

荒らし「文の装飾(比喩や詩的表現など)や近代文学の引用が多い。もう少し自分の言葉で書いたらどうですか」
私(そのキャラがメインストーリーで詩的な言い回しや文学作品の引用を頻繁にするところが大好きなのでそれに沿っただけだが……?)

とか

荒らし「腐表現がまどろっこしい」
私(ねちっこいやつが好きなんだよ。あとそれはじめて書いた成人向けだから勘弁してや)

とか

荒らし「自分の作品自分のROM垢でブクマしててかわいそう。私もつけてあげるね」
私(スマホでログインしてるのがROM垢なだけだよ。誤字脱字チェックや読み返しのときに便利だから公開後チェックをしてない作品につけているだけ。そもそも支部のブクマに関しては『気に入った』のマークではなく、しおり代わりや『後で読む』などの使い方をしている人が多いと思っているので数を気にしたことがないし、数稼ぎするなら普通もうちょっと上手にやるでしょ草)

とかって言われていますが、基本的に自分の意図が伝わった結果だったり、独りよがりな偏屈な意見だったりしたため、何一つ心に響いたことがなかった。
じゃあ、アンチや荒らしの何がダメかって問われると、

ファンが与えてくれる好意(リプやマシュマロ)が、本当に好意なのか冷やかしなのかわからなくなること、
せっかくいただいた好意を疑ったり勘ぐったりしてしまって、罪悪感さえ生まれること、

だと思っている。

これは私が今実際に体験していることだ。
すごく情熱的な長文感想や、とても丁寧な、まるで取引相手なのかなってくらい慎重な言葉選びをしていただいているものは「たぶん、ちゃんとファンだと思う」ってなれる。

でも、少し言葉が砕けているものや、荒らしと口調が似ているものに対しては、どうしても身構えてしまう。

私の元によく来る荒らし(複数人を装っているが実質1人だと特定している)は、例えばだけど、口調に特徴があって、私のペンネームが「仁奈」だとしたら「になさん」って絶対にひらがなで呼んでくる、みたいな感じの。

それらの特徴に当てはまらなかったら、その荒らし以外だと思って良いのだろうか。
それとも、わざと口調を変えた愉快な人が裏で「この人、荒らしからのファンなりすましマシュマロに嬉しそうに反応してるw」とかメシウマしてないだろうか、みたいな。
そういうことを考え始めてしまう。

荒らしの指摘自体には傷つかない。
指摘の内容が事実だったらコッソリ改善すればいいだけだし、事実と違えば「うわ何かいっとるわ」って流せばいい。
荒らしのせいでモヤモヤしたときは、そのモヤモヤの正体について徹底的に考える。
そうすると、創作活動に絶対に役に立つはず。

創作というものは、「経験」のスライドだから。

だから、モヤモヤについて考えることで、何かキャラクターが葛藤するシーンや、悲しむシーン怒るシーンを描写するときの糧になるはずだ。
だから、基本的に荒らしに対して生まれる感情は、すべて「おれの創作が豊かになるぞ!! いいのか!?」みたいな気持ちで徹底的に正面衝突して考え尽くす。思考を絞り尽くす。
フロイトの防衛機制「昇華」とかなんかそこら辺に近いのかもしれないけどさね。

そんな感じで思っているから、基本的には指摘内容はどうでも良いんだけど、やっぱり荒らしさえいなければ純情に受け取れるはずの好意を喜べない、って考えると、荒らしやアンチはいただけないなぁ……と思う。

そしてそして、こういう状況に陥ってしまうことこそ、荒らしの思う壺なんだろうなぁ……とも。

私は優しくないので、創作仲間が言う「あんなん嫉妬だよ気にすんな」って慰めに対して「そうだよねーwwwww」とは開き直れなかった。
私は優しくないので、「攻撃性を隠しておけないほど、アンタの作品がよくてムカついたんんだよ」と言われても「そっかぁ」とアンチを許してあげることはできない。

「アンチや荒らしをする時点で向こうの負け」
「アンチするくらいなら自分で作れや」
「作れないくせに文句いうなよ」

これらの言葉は、攻撃された者への優しい慰めなのだと思う。
それでも、それらの慰めに乗っかれるほど人を見下すことができないし、かといってアンチをも好きになってなんかやれない。

どうにもならねえこの気持ち。
いったい誰が責任取ってくれるのよ。ねぇ匿名の人。

じゃあの。

ご清聴ありがとうございました。

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