先日、フランスの作家アニー・エルノー著のベストセラー小説を元にした映画『シンプルな情熱』を鑑賞しました。
主演俳優がバレエダンサーのセルゲイ・ポルーニンとのことで、遅ればせながら惹かれ、いざ映画館へ。 原作未読、予備知識もなし。
良くも悪くもフランス映画的の、男女が性愛に溺れていく姿がひたすらシンプルに描かれている作品でした。
ゾーニングはR18+。
肌色が多いので、一緒に見に行く人は選んだほうが良さそう。
鑑賞後の大雑把な感想としては、
「高評価と低評価がきっぱりわかれそう」
「見る人のバックグラウンドがかなり影響しそう」
この二つでした。 私はけっこう面白いと思いましたよ。
インドア生活堪能中のフリーライター兼塾講師、ゆるめのガジェットまにあ。
読書・お絵描き・小説・カメラ・ミュージカル鑑賞が好き!
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映画『シンプルな情熱』あらすじ
恋に落ちた相手はロシア大使館に勤めるミステリアスな男アレクサンドル(セルゲイ・ポルーニン)だった。
アレクサンドルは既婚者で、エレーヌから連絡することは許されない。
気まぐれで年下、無表情なアレクサンドルからの電話をただ健気に待ち続ける生活に、ついにエレーヌは子育てや家事に手がつかなくなる。
彼女はモスクワにも行き、アレクサンドルの姿を探す──でも、彼からの着信はない。
次に電話が鳴ったのは、8カ月後だった。
主人公はエリート女性なんですよね。
ボードレールなどの有名作家の名前も登場します。
この知的な女性が妻帯者であるアレクサンドルへ恋に落ち、電話を待ちぼうけ、子育ても家事も手に付かなくなるまで落ちていく……ってのが、その恋(情熱)の激しさをシンプルに物語っています。
映画『シンプルな情熱』登場人物
主な登場人物は3人。 覚えやすくて助かります。
主人公・エレーヌ(レティシア・ドッシュ)
主人公のエレーヌ。ブロンドヘアが特徴で、大学教授です。
フランス文学専門でしょうか。作中何度かレジュメだか研究論文だかを執筆するシーンがあります。
エレーヌは恋に落ちた相手(アレクサンドル)に、彼自身のことや妻のことを尋ねたがります。
自分の研究論文の題材を絡めて話すシーンなんかもあり、初めのうちは知的な印象が漂います。
しかしアレクサンドルにのめり込めばのめり込むほど、ただ恋に恋する女性のように変化していく。
作中で「女は普段フェミニストでも、恋をした相手の前では可愛くあろうとする」みたいな言葉が出てくるが、エレーヌもそう。
普段はどんなに凜として教壇に登っていても、アレクサンドルを思う気持ちの前ではただの恋に恋する女でした。
演じるのはレティシア・ドッシュ。
以前からアニー・エルノーの原作小説を読んでいたみたいで、オファーに即決したそうです。
何回もある服を脱ぐシーンでは、バレエダンサーであるポルーニンと並んでも見劣りしないよう、普段より多めのスポーツに取り組んだそうですよ。
黒色のレースが似合っていました。
恋の相手・アレクサンドル(セルゲイ・ポルーニン)
エレーヌが恋に落ちた男。
ロシア大使館勤めで、エレーヌにとっても外国人にあたる。
エレーヌより年下で、自由奔放というかただの気まぐれ。
自分本位でエレーヌに連絡するわりに、彼女の服装に意見したり強引に迫るシーンもあったりして、わ、わがまま男め~~!!と思うかも。
アレクサンドル役を務めたのはウクライナ出身のバレエダンサー、セルゲイ・ポルーニン。
タトゥーと胸元の傷、無表情で氷のように澄み切った瞳、実用的な筋肉に覆われた肉体……めちゃくちゃカッコイイです。
クラシックなカッチリしたスーツやコート、黒色が似合いますね。
『シンプルな情熱』にダンスシーンはありませんが、その肉体美を余すことなく、本来隠されるべきところまで文字通り「すべて」さらけ出しています。モザイク……ないんか……w
ポルーニンほんとに肉体と顔が良いので、(エヘヘ)が映ったときの気分は正直アレ、ダビデ像。
途中からフランス語と英語混ざっているような発音していた、あるいは英語だったと思うんですが、どうやらポルーニン自体がフランス語まったくできないのが理由なんでしょうかね?
フランス語のエレーヌと英語(っぽい)アレクサンドルの会話、国際恋愛感が増してけっこう私好みでした。
主人公の息子・ポール(ルー=テモ・シオン)
エレーヌが前夫との間に授かった息子、ポール。
返事の「はい(フランス語でOui/ウィ)」をしっかり発音しなかったりする、反抗期っぽいお年頃。
自分の意見はけこうハッキリ言うタイプかな?
アレクサンドルの写真を見つめるママに「誰?」って聞いたり、だだをこねたりする。
自分の母親が「知らない誰か」と親密にしている歪な気配を敏感に感じ取っているのだと思う。
「行きたくないよ」のセリフが印象的。
喜怒哀楽を豊かに見せてポールを演じたルー=テモ・シオンくんはあまり情報が出てきませんでした。
ジャン=ジャック・アノー監督の映画『薔薇の名前』のアドソくんでも思ったのですが、こういう美少年に見とれてしまいます。
映画『シンプルな情熱』の感想・考察
- 女流監督ならではの美術的描写
- 純文学的で「間」を重視した演出
- 女は知りたがり、男は知りたがらない
- お互いのことをよく知らないのに束縛しようとする
- 多感な時期である息子がないがしろにされていて可哀想だった
『シンプルな情熱』は、時間の使い方がゆったりとしていて、落ち着いて見られました。
演出・描写や男女の解釈に「なるほどな」と思うシーンが多かったですね。
女流監督ならではの美術的描写
まず、画面の描写は女流監督ならではだと思いました。
この映画は官能シーンがとにかく多いです。
官能シーンも多いし長いし、思いっきりアレクサンドルのアレが映っていたりもしますが、個人的にはあまりイヤな気持ちにはなりませんでした。
むしろ描写が艶美というか、思わず溜め息を吐いてしまうような色っぽさに満ちていて、魅入ってしまうほど。
『娼年』や『リバーズエッジ』のようなパンパン!!アンアン!!と鳴り響くような激しさはなく、エレーヌの悩ましい吐息やアレクサンドルの肉体美がじっくりと映し出されます。
例えるなら、男の一瞬の迸るような快楽じゃなくて、女性特有のゆったりと長く続く気持ちよさ……みたいな違い(?)が美術的描写に反映されているような、そんな感じです。
芸術として鑑賞できるような美しさは、個人的にかなり高評価です。
個人的にはアレクサンドルがエレーヌをテーブルに押しつけてスカートたくし上げて後ろから……のシーンがけっこうグッときましたね……!
でも、この描写に関しては、人に酔っては描写がまどろっこしく感じられるかもしれません。
純文学的で「間」を重視した演出
この物語は純文学的ですね。脳内補完力が試されるぅ……。
心理描写はあまりありません。
あるとしても「彼が私を世界と繋げてくれた」みたいな感じの、詩的な表現が特徴的。
見た者の感性・想像にお任せ、って感じで、「見る人のバックグラウンドによって感想が大きく異なりそうだ」と冒頭で表現したのはこのためです。
正直私は恋愛経験が一度もなく、いつでも文学と空想の世界に浸っているような人間。
なので、
「年下の彼からの連絡、ドキドキ!!」
「男に振り回されて苦しいのに離れられない気持ち、わかる……!」
のような追体験的な感想は何も得られなかったのですが、だからこそ純文学的な間や、人と人が結びつくことそのものについて注目できたのかも?とも思います。
女は知りたがり、男は知りたがらない
この作品でよく描写されているのは「女は男を知りたがり、男は女を知らないままでいい」みたいなこと。
エレーヌは作中で何度もアレクサンドルの身の上について尋ねます。
それは彼の妻のことでさえも。
アレクサンドルは答えずに、あるいは答えをぼかして帰ろうとするシーンがいくつかあったかな。
そして、ついには連絡が途絶えてしまいます。
これはエレーヌだけが恋をしていて、アレクサンドルは肉体だけの関係だと割り切っていたからだとも解釈できるかもしれません。
エレーヌがアレクサンドルのことを知ろうとすればするほど、二人の刹那の関係性に亀裂が入りそうになっていくところに虚しさややるせなさを覚えました。
お互いのことをよく知らないのに束縛しようとする
この二人、シンプルな(情事への)情熱を持て余し、自分たちのこともよく分かっていないのに、なぜか相手を束縛しようとするのも印象的でした。
アレクサンドルは、エレーヌに自分の情報を教えようとしないわりに、彼女の服装に文句を言います。その格好はやめろ、と。
よく覚えていないですが、そのシーンではエレーヌも強気に言い返して、とっくみあいになります。 その後はキスし始めたのでちょっと笑ってしまった。
多感な時期である息子がないがしろにされていて可哀想だった
ちょっと見ていてしんどかったのが、エレーヌがアレクサンドルに没頭するがあまり、放置されぎみになる息子・ポールのことです。
2週間も身の回りのことを自分でやって、一人で学校に行く。
それから車から荷物を下ろすとき、スマホに夢中になってエレーヌがリバースギア入れてしまって轢かれそうになって怒るところ、「行きたくないよ」と言うところ……などなど。
息子の世話すらできなくなるほど激しい恋……としての描写を狙ったのかもしれませんが、ポールの気持ちを考えると、ただひたすら可哀想ですね。
私は子どもにとっては、親が世界のすべてと言っても過言ではないと考えています。
学校や友人関係によって得られる経験や意見は、一見学校や友人が作ってくれるように見えますが、思考や人間関係構築のためのベースを作るのは親です。
たとえば親が「あの子、お箸の持ち方が綺麗じゃないわね」と言えば、子どもにとってその友だちは「お箸の持ち方が綺麗じゃない子」という認識になりますし、
自分は友だちに対してそうは思っていなかったのに、親が勝手に「あなたは〇〇ちゃんより可愛いよ」とか言い始めたら、それは美醜についての感性の刷り込みになります。
だから、ポールにとって世界のすべてかもしれないママが、自分の世話も忘れて見ず知らずの男との蜜事に耽っていただなんて、もし私がポールの立場だったら、もうママも大人も信用しなくなりそうです……
映画『シンプルな情熱』は良くも悪くもフランス映画的(まとめ)
最終的にエレーヌは精神を持ち直し、自分のなかの強さに気がつきました。
8カ月後の電話と逢瀬では、エレーヌはおそらく、彼女にとって最善の答えを見つけ出したのだと思います。
アレクサンドルを宿泊先のホテルに送り届けた後のシーン(ラストシーン)はとても美しく、魅了されました。
……タイトル通り、ストーリーも展開も描写も何もかもシンプル。
心理描写もあっさり薄味なので、自分好みに主人公たちの感情を解釈できる楽しさはありますが、噛み応えのある読了感と言うか、
「あ~ドキドキしたぁ~!!」
「ラストシーンよかった~~!!」
とスッキリする展開を求めている人にとっては少しモヤモヤ感が残るかもしれません。
いろいろ感想を綴りましたが、正直もっとも心に残っているのはアレクサンドルのイチモツですわ。たった数秒のシーンなのに悔しいな……。